『わたしの備忘録』

『わたしの備忘録』

ご機嫌よう。仮想のわたしだよ。徒然なるままに「わたし」がブログを更新するの。「わたし」の便宜的説明はサイト下部かサイドバーへ。

掌編『ワタシとあなたたち』(過去作加筆ver)

「お知らせいたします。本日付で、本国家におきましてナノマシーン普及率が50パーセントを超えました。つきましては、ナノマシーンに伴う説明をご希望の方は最寄りのビッグデータ端末か、ご自身の電子端末からアクセスの上、お問い合わせください。お急ぎの方は、お持ちのウェアラブル機器類にてアクセスポイントへ接続をお願い致します。以上で、放送を終了いたします。より良い一日を」
そんな放送が流れてきた。網膜内に埋め込まれたICチップと各ナノマシーンによって疑似的な(と言っても主観的にはどうみても現実的であるが)テロップが目線に飛び込んできた。国営放送はスキップできないため、僕は作業を中断しなければならなった。そして、耳においても同じくネオテクを導入していた。だが、それは最近の施術だったので、慣れていなかった。僕はこそばゆい気がして、いや痒かった、そう確かに痒みを感じて、そして粗暴に耳の穴をほじくった。

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 両親の若いころは、まだ人工知能ナノテクノロジーの黎明期で、技術的特異点にすら到達していなかったらしい。僕は普通の人よりも多くのビッグデータにアクセスできるんだし、導入するにきまってるじゃん、と言っていち早く順応した。体の部位によって導入できる時期が定められているので、少し面倒だったけど。
「俺たちの時代はね、今よりももっと閉鎖的だったんだよ。人間ってのは、未知なるものに対して恐怖心を抱いてしまうらしいな。父さんとしては全然かまわないことだったんだが、母さんがなかなか追いつかなくてな。まあ、なんとかこうして安全に暮らして、便利なんだから良いじゃないかと思うんだけどな」
父さんは口癖のように、そういっていた。特異点前の世界の話は、やはり疑似学習よりも人から聞いたほうが面白かった。
「何が良いっていうと、ユビキタスが当たり前になったことかな。昔なんて、インターネットという世界が仮想的であって、まあなんというか特別なデバイスを介してアクセスするということが一般的だったんだよ。それに、医療なんかは想像もつかない程進歩したんじゃないかな? 父さんは生まれは特異点前だが、比較的新時代の人間なんだぞ? まあ、ナノマシーンが血液中を漂うなんてのは聞いたことがあったしな。人工臓器なんかもあるといえばあったさ。お前は良い時代に生まれたよ、ほんと」
 確かに、僕は良い時代に生まれたと思う。相対的にみれば明らかに世界は落ち着きを取り戻したように思う。と言ってもやはりそれも疑似学習で得た知識だが、それはもはや僕という主観を通す以上現実でしかないし、運用されるべき知識にそんなことはどうでもよかった。なにより、娯楽が昔のデータを見てみると桁違いに今のほうが良い。昔と今も変わらないことなんていくらでもあったし、それも面白かった。しかし、たかが拡張現実程度の遊びじゃつまらない。今は、仮想が仮想でなく現実となって眼前に現れる。ナノマシーンによって神経系内部を刺激させ、原理的には目の前には何もないということになってはいるが、実際問題、脳内ではそこにあるものとして処理されるため、僕たちには実際に存在しているようにしか思えなかった。こんな説明を母さんには何度も何度も説明したが、なかなか理解してもらえなかった。
最近特に、面白いものと出会ってしまった。違法性はあるものの、快楽物質誘発剤をこっそりダウンロードして、インストールしてみたらあっけなくハマってしまったのだ。そんな電子ドラッグなんか面白いのか? そういって優等生ぶっていたのが馬鹿だった! まだこんな世界があったなんて!
 でも、気を付けないといけないこともあった。時たま、粗悪なデータが紛れ込んでいてそれをつかまされると「戻ってこられない」という状態になるらしい。これはよくわからないことだが、要は自分が体感する時間や空間が限りなく押し広げられていくらしい。でも、それもビッグデータの数割程度しかアクセスできないやつらがちまちま怖がって僕を怖がらせようとしていただけだった。「お前らはそもそもビッグデータすら何か判らないだろ」と思って適当に頷くことにした。僕はそれこそ人工的に「うわー、怖いな」と言っておいた。
 こんな感じで僕は学校をさぼりつつ、遊んでは寝て、また遊んでいた。でも学校という場所はあえて、「本当に」実在する場所を選んだ。それはいまだに、自然派を標榜する人に出会えるからだった。別に見下しているということはなかったが、彼らは情動をうまくコントロールできないから、会話をしているとよく怒らせてしまう。
「私たちは別にテクノロジーを否定しているわけじゃないの。過度な融合は人体や精神に悪影響を及ぼすんじゃないかって危惧しているわけなの」
 僕と友人は何度もきいたそのセリフをまた聞いて、僕は答える。
「でもさ、便利だよ? 娯楽的な要素はこの際置いておいてさ、例えば医療においての進歩はすさまじいと思うよ?」
「それは私も同感するけれど、関係性が密になりすぎていると思う。体をどんどんと機械化して、あらゆる身体に非人間な物質がつけられていくのよ? あれってどこまでが人間なの? 意識だけが人間だったら、あれって人間って言っていいの?」
「でもさ、何をもって人間とするの? 俺だってそういうやつを見ると、うわっ、機械的存在だって思うけどさ。でも意識だってさ、そもそもその在り所を客観的に実証する確かな手立てはないんだぜ? 割と何でも主観ありきだろ。お前のその人間的意識だって単なるまがい物でしかないわけであって……」
 そう言っていると、彼女は悲しそうな目で、というよりもあれは諦めた目で、次の授業があるからと言って去っていった。教室の窓ガラスに映っていたボクは表情一つ変えていなかった。それは彼女との問答が何回目かすら覚えていないからだろう、たぶん―

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僕は彼女との会話の後から、〈学校〉へ行くのを辞めた。正確に言うと、現実世界にある学校へは行かなくなった。誰が、あんなやつらと生身のまま仲良くしてないといけないんだ。そんなことばかりが僕の思考を占めていた。
「なあ、俺たちってさ、客観的に見てさ、明らかに優位に立ってるじゃん? 第一世代のやつらは当時から既に大人だったし、結局さ、うまくコントロールできなかったんだろ? まあ、だからその失敗や問題のおかげで俺たち第二・三世代は上手くやれてるわけだけどさ。なあ、聞いてんの? 俺たちって、まだまだ進歩できるよな」
 俺はビッグデータを介して、世界に散っている「日本人たち」にあえて連絡をしていた。同時連絡しているのに、こいつらは何も反応しない。ああ、そうか、こいつらも同時連絡してんのか。あはは、そりゃそうか。そうしないと意味ないもんな。
 少し黙ってそいつらの会話を網羅的に聞いていたら(いや、聞くっていうのか掴み取るっていうか、受動的なのは同じなんだけど、どこか違う)誰かが個人連絡を取ってきた。
「あの、いきなりごめん。さっきの聞いてた。自分も同感だ。わたしたちは明らかな優位性と、可能性を秘めている。確かに、前脳、大脳皮質の辺縁系における異常値はわたしもまだ情報を集められていない。君はどうやら、ずっとここに〈いる〉みたいだね。アレも粗悪になり出していると聞いた。あまり変なことはしなでくれよ。わたしたちが迷惑を被ることになるんだ。そして君自身もね」
 そいつは名前も言わないし、疑似声帯音すら発生させずに、直接データとしてその言葉を僕に送ってきた。なんでだ、こいつはなんで俺よりもそれを知ってるんだ。確かにここの、データ群にアクセスできる時点でそれなりのやつらしか来ないはずだが、あんなやつ遭遇したことない。僕は、いや俺は、血眼になって更に奥深くのデータを漁ることにした。

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「あいつの言うことは正しかった。結果論だが、わたしは分かった、ぼくもね、そうなるんじゃないかって途中から感じてた。俺が、あの物理的な学校を去る直前に感じた違和感、あ、違和は覚えるのだった、あたしとしたことがバグね。とりあえず、ぼくは、早く戻らないと。でないと、帰れない」
「あ、ボクがいる。なにしてるんだ、アレ、でータに食われる、そろそろ、脳内のキャパがアレに占有されるナ、切るか、むりやり」


※2018年執筆した作品。